0x42. 心の貧しき者は福なり

二人祈らんとて殿(みや)に登りしがその一人はパリサイ人、一人は税吏(みつぎとり)なりき(ルカ十八章十節)

一は宗教家である、他は俗吏(ぞくり)である。祈祷と断食とによって神に親しむは前者の得意とする処(ところ)である、誅求(ちゅうきゅう)と苛斂(かれん)との中(うち)に自家(じか)の懐(ふところ)を肥(こ)やさんとするは後者に有(あ)りがちの罪悪である。いま二人の者ともに祈らんとて殿(みや)に登る、彼等は果たして如何(いか)に何を祈るか。

パリサイの人(ひと)立ちて自(みずか)らかく祈れり、神よ、我は他の人のごとく強索(うばい)、不義、姦淫せず、またこの税吏(みつぎとり)のごとくにも有(あ)らざるを謝(しゃ)す、我(わ)れ七日間に二次(ふたたび)断食し又すべて獲(う)るものの十分の一を献(ささ)げたり(同章十一、十二節)

彼は流石(さすが)に宗教家であった。彼は神の前に立ちて己(おの)が日頃の行いを回想し、その正しきを感謝せずにはおられなかった。彼はこの時道徳上の勝利を感じて一般人に対し殊(こと)にその側(かたわら)に立てる俗吏(ぞくり)に対して深き誇りを抑(おさ)えあえなかった。我(わ)が徳行(とくこう)を見よ、わが信仰の力を見よと、恐らく彼は心の中(うち)に囁(ささや)き、しかして自(みずか)ら満足したであろう。彼は又神に対する義務をも欠かざるを知った。一週二回の断食と十分一の献物(ささげもの)とはわが怠(おこた)る処(ところ)にあらず、我は神に対しても何の疚(やま)しきことあるなし、俯仰(ふぎょう)天地(てんち)に愧(は)じざる者は我なり、とかくのごとくに思い廻(めぐ)らして、彼は畢竟(ひっきょう)自己讃美の裡(うち)にその祈祷(きとう)を終った。

これに反(はん)し憐むべきは税吏(みつぎとり)であった。素養(そよう)の深きものあるなく、徳行(とくこう)の誇るべきものあるなく、宗教的義務の励行(れいこう)あるなく、却(かえっ)て平常の生活を顧(かえり)みれば顧(かえり)みる程(ほど)慚愧(ざんき)の念(ねん)に堪(た)えざるものが多かった。彼はかつて貧しき村人(むらびと)を責むるに荒(あら)らかなる言語(ことば)と不親切なる態度とをもってしたることを思い起こしたであろう。金銭勘定に淡泊(たんぱく)ならずして不義の財(かね)を手にしたることをも思い起こしたであろう。怠慢、冷酷、利己その他(た)あらゆる罪悪の追想(ついそう)にそぞろ胸痛み足の歩みもとかく渋(しぶ)りがちであった。しかのみならず彼は神に対して何の尽くすべきをも尽くさない。彼は自己の胸中(きょうちゅう)を探りて何の確信をも発見することが出来ない。祈りに往(ゆ)くという、しかし余(よ)に果たして信仰なるものがあるのであろうか。否(いな)、徳なく智(ち)なく愛なきはもちろん、わが信仰と称(しょう)すべきものさえ有(も)たない。余(よ)は正(まさ)に無一物(むいちぶつ)である。何をもって神に見(まみ)ゆることを得(え)ようか、とかくのごとく彼は感じたであろう。されば彼に取っては神殿に近よる事さえ何となく心苦しかった、

税吏(みつぎとり)は遥かに立ちて天をも仰ぎ見ずその胸を打ちて、「神よ、罪人なる我を憐みたまえ」と曰えり(同章十三節)

彼は今自己の心の貧寒(ひんかん)なるを思うて悲しみに堪(た)えない、何と祈るべきかをも知らない、神に向かって自己をいい表わすに他に言葉はない。ただ「罪人」である、しかり実(じつ)に罪人なる我である。何の誇るべきものもない。ただ「憐みたまえ」である。「神よ罪人なる我を憐みたまえ」と、これより他に彼の祈るべき言葉はなかった。神は我に何一つ善(よ)き物のなきをことごとく知りたもう。願わくはかかる我を憐みたまえと言いて、我なるものを神の前に投げ出(いだ)すの他(ほか)はなかった。憐むべき税吏(みつぎとり)!共に祈りしパリサイの人に対しても如何(いか)に心愧(はずか)しく感じたことであろう。

しかしながらイエスはなお附け加えて言いたもう、「我汝等に告げん、此(この)人は彼(かの)人よりは義とせられて家に帰りたり」と(同章十四節)。この憐むべき税吏(みつぎとり)の方がかの尊敬すべきパリサイの人よりも、神の前に義とせられたのであると、神は信仰と道徳との優れたる宗教家よりも、罪の思い出のみ多くして力無く心貧しき一俗吏(ぞくり)を愛(め)でたもうのであると。ここに人の眼と異なりたる観察がある。ここにこの世の判断と正反対なる評価がある。税吏(みつぎとり)は何故(なにゆえ)に義とせられ、パリサイの人は何故(なにゆえ)に義とせられなかったのであるか。

イエスに按(さわ)られんがため人々幼児(おさなご)を携(つ)れ来たりしに弟子たち見てこれを責(いまし)めたり、イエス幼児(おさなご)を呼び弟子に曰いけるは、幼児(おさなご)を我に来たらせよ、彼等を禁(いまし)むるなかれ、神の国におる者はかくのごとき者なり、誠(まこと)に汝等に告げん、およそ幼児(おさなご)のごとくに神の国を承(う)けざる者はこれに入(い)ることをえざるなり(同章十五―十七節)

イエスが幼児(おさなご)を近づけたまいしは無邪気なるがゆえではない、純潔なるがゆえではない。その母を承(う)くる態度の何処(どこ)までも信頼一方(いっぽう)であるからである。幼児(おさなご)の母に対するやただ絶対の信頼のほか何もない。愛せらるるも縋(すが)るのである、叱(しか)らるるも縋(すが)るのである。「たとえ彼(か)れ我(わ)れを殺すとも彼に頼(よ)り恃(たの)まん」と(ヨブ十三章十五節)、これ幼児(おさなご)の本心である。しかしてそのかくのごとくなるは何のゆえであるか。問う迄(まで)もなく自身何の力をも有しないからである。自(みずか)ら何の恃(たの)むべき処(ところ)なきがゆえに、心をうち開いてただ母よと頼(よ)り縋(すが)るの他(ほか)を知らないのである。幼児(おさなご)に自(みずか)ら恃(たの)む処(ところ)の生ずる時は、すなわち母に対する信頼のややに薄(うす)らぐ時である。至極(しきょく)の無力、ゆえに絶対の信頼。しかしてイエスは曰いたもう、「およそ幼児(おさなご)のごとくに神の国を承(う)けざる者はこれに入(い)ることをえざるなり」と。幼児(おさなご)が母を承(う)くるごとくに神の国を承(う)くる者のみが、これに入(い)ることをうるのであると。すなわち知る、無力無一物(むいちぶつ)はこれ神の国に入(い)るの条件ではないか。自(みずか)ら顧(かえり)みて罪のほか何の善(よ)き物なく、心貧しくしてただ愧(は)づるのみなりしかの税吏(みつぎとり)の義とせられしは実(まこと)に故(ゆえ)あるかな。彼は多分(たぶん)わが信仰と称(しょう)すべきものすらなきを悲しんだであろう。いわんや確信というがごとき力は一つも有(も)たなかった。それにもかかわらず神の前に義とせられたのである。否(いな)それの故(ゆえ)に義とせらるることをえたのである。母に縋(すが)る幼児(おさなご)に何の確信あらんや。彼にしてもし自(みずか)ら語りうるならば言うであろう、「我にわが信仰なるものあるなし」と。しかりわがものと称(しょう)しうる何一つも無ければこそ、そのままにただ母を仰(あお)ぐのである。税吏(みつぎとり)彼(か)れ何故(なにゆえ)神に縋(すが)ることをえたるか。彼に徳なく智(ち)なく愛なく、実(じつ)に彼の信仰と称(しょう)すべき力さえも無かったからである。罪人なる我をと言いて、その身そのまま神の前に投げ出すことをえたるは、すなわち彼にパリサイの人のごとき自ら誇るべき何物も有(も)たなかったからである。我等はどうかすると自己の信仰の弱きを歎(なげ)きて、はなはだしきはもはや神に縋(すが)るの力も我にはなしとさえ思うことがないではない。しかしながら神に縋(すが)るの力とは果たして何の謂(いい)であるか。幼児(ようじ)が母に縋(すが)るに何の力を要するか。力無くてこそ勿怪(もっけ)の福(さいわい)である。我に何の誇るべく恃(たの)むべきものなく、わが信仰と称(しょう)すべきものも無くなった時に、初めてイエス・キリストを我が主と仰(あお)ぐことができる。言うをやめよ、我が信仰我が確信と。信仰がわがものとなり、わが家又はわが金というがごとく自己の所有物財産の一つに数えらるる時、信仰はもはや信仰ではなくなったのである。信仰は信頼である、依頼(いらい)である。税吏(みつぎとり)は幼児(おさなご)の母に依頼(いらい)するごとくに神に信頼するをえたから、義とせられたのである。

ある宰(つかさ)問うて曰いけるは、善(よ)き師よ永生(かぎりなきいのち)を嗣(つ)ぐために我(わ)れ何をなすべきか、イエス彼に曰いけるは……戒めは汝が知る処(ところ)なり、姦淫するなかれ、殺すなかれ、盗むなかれ、妄証(いつわりのあかし)を立(た)つるなかれ、汝の父と母とを敬え、答えけるは、これみな我が幼きより守れる者なり、イエスこれを聞きて曰いけるは汝なお一つを欠く、その所有(もちもの)をことごとく売りて貧しき者に施(ほどこ)せ、さらば天において財(たから)あらん、しかして来たり我に従え、彼(か)れ大いに富める者なりしかばこれ聞きて甚(いた)く憂えたり(同章十八―二十三節)

宰(つかさ)とあればいずれ高き身分の人であった。従って相当の素養(そよう)を有し又社会より尊敬せられていたる人であろう。果たして彼は永生(えいせい)を嗣(つ)ぐべき途(みち)を問うて、戒めをもって答えられし時、直(ただ)ちに「これ皆わが幼きより守れるものなり」と言うている。彼はここに自己の誇りを感ずると共に、イエスの答(こたえ)の余りに平凡なるを怪しんだであろう。彼は思うた、もし永生(えいせい)を嗣(つ)ぐの条件が普通道徳に在(あ)るならば余(よ)はすでに十分その資格を有(も)っている者である、又もしその上に何か高尚なる行為を要するならば余(よ)のごときは完全なる徳性(とくせい)を本(もと)として必ずこれを成就するに適(てき)するならんと。かくして彼はイエスの口より宗教の奥義を聞かんことを俟(ま)ったのである。しかるにイエスの答(こたえ)は又しても意想外(いそうがい)であった。汝なお一つを欠く、すなわちその所有(もちもの)を売りて貧者(ひんしゃ)に施(ほどこ)し、しかして我に従えと。条件は又も卑近(ひきん)なる事であった、しかしながら難しきことであった。彼は遂にいたく憂えて実行しえなかったとある。しかして福音書記者はここに自己の意見をさし加えて、「彼大いに富める者なりしかば云々」と言うている。彼(か)れのいたく憂えし理由は、単に彼が財産上の富者(ふしゃ)なりしがゆえであろうか。そうではあるまい。彼にしてもし先(さき)の税吏(みつぎとり)のごとき心貧しき人であったならば如何(いかん)。彼(か)れのイエスに従うをえざりしは、財産の富者(ふしゃ)たりしがゆえよりもむしろ心霊の富者(ふしゃ)たりしがゆえである。彼をしてイエスの答(こたえ)に対し豪然(ごうぜん)と「これみな我が幼きより守れる者なり」と言わしめたる、その彼の高ぶりの心が彼を妨げて、所有(もちもの)を貧者(ひんしゃ)に施(ほどこ)すを肯(がえん)ぜしめなかったのである。彼は恐らく心の中(うち)につぶやいたであろう、余(よ)の所有(もちもの)は決して不義の財(たから)にあらず、余の正当なる道徳と努力との結果に外(ほか)ならない、これをゆえなく貧者(ひんしゃ)に施(ほどこ)すにあらずば永生(かぎりなきいのち)を嗣(つ)ぐあたわずとは解(かい)し難(がた)き言(ことば)であると。かくて彼は遂に蹟(つまず)いた。彼の徳性(とくせい)彼をして蹟(つまづ)かしめたのである。神殿にて自己の徳行(とくこう)を数え立てて祈りしパリサイの人の義とせられざりしごとく、この宰(つかさ)もまたイエスに義とせらるることが出来なかったのである。

イエスその甚(いた)く憂えしを見ていいけるは、富める者の神の国に入(い)るは如何(いか)に難(かた)いかな、富める者の神の国に入(い)るより駱駝(らくだ)の針の孔(あな)を通るは却(かえっ)て易(やす)し(同章二十四、二十五節)

我等はここに彼の他の言葉を連想せざるをえない、曰く、

汝等富める者は禍(わざわい)なるかな、すでに安楽(たのしみ)を受くればなり(ルカ六章二十四節)
汝等貧しき者は福(さいわい)なり、神の国はすなわち汝等の所有(もの)なればなり(同章二十節)

富める者といい貧しき者といい、これを財産上の貧富(ひんぷ)の意味に解(かい)して意味が通じないではない。しかし宰(つかさ)の話はその前後の関係より見るも、心霊において殊(こと)に徳行(とくこう)において富める者の却(かえっ)てそのために妨げられ、幼児(おさなご)のごとき信頼を神に投げかくるをえざることの教訓であると見るがふさわしい。しかのみならず右に掲げしと同じ言葉が、マタイ伝に在(あ)りては有名なる山上の垂訓の冒頭語(ぼうとうご)として左(さ)のごとく記されているのである、

心の貧しき者は福(さいわい)なり、天国はすなわちその人の有(もの)なればなり(マタイ五章三節)

と。

我等は最早(もは)や信仰の弱きを歎(なげ)かない。却(かえっ)て「わが信仰」なるもののない事を喜ぶのである。我に人を心服(しんぷく)せしむるだけの徳がない、善を行うの勇気がない、誘惑を斥(しりぞ)くるの力がない、人を愛するの愛がない。我心(わがこころ)に平和がない、歓喜がない、希望がない、我心(わがこころ)に善(よ)き物とては一つもなきを発見する毎(ごと)に、我は昔のごとくに失望しない。その時我は悲しみをかえて直(ただ)ちに喜びとなすのである。その時我は罪人なる税吏(みつぎとり)のごとくにひたすら胸を打ちて神よ我を憐みたまえと祈りうることを喜ぶのである。その時十字架上のイエスの姿が最も鮮(あざ)やかに我心(わがこころ)に映ずることを感謝するのである。かくのごとくにしてもはや我は失望するの時がない。実(まこと)に「福(さいわい)なるかな心の貧しき者は」である、彼は心の貧しきがゆえに神の国を承(う)け継(つ)ぐことをうるのである。